2017年07月17日

の程度の呪いなんぞ

 たまもは穏やかな笑みを浮かべて窘めるようにそう言った。それは本来ならば整った顔立ちと相まって俺を鎮静するのに絶大な癒し効果を発揮したのかもしれない。しかしながら如何せん先にも述べた通り、口の周りをナポリタンのトマトソースでぎっとりとテカらせており、その上膨れた腹を労りたいのか、大股開きで椅子の背もたれに体を預けながらの事であった為、癒やしではなく逆撫でにしかなっていなかったというのが実情である。当然ながら説得力にも欠けるその言葉に、俺の血圧は再び急上昇を余儀なくされていた。
 それでも人には何事に対しても耐性と言うものが備わっているらしく、どうにか話の席に着く程度には気持ちを抑えられた俺。そのまま経緯を見守る事にすると、たまもは備え付けの紙ナプキンをさっと手に取り口の周りを乱暴に拭き回してから言った。
「そもそも『呪い』というのは、《かける》よりも《解く》方が難しいのじゃよ。如何に白面金毛九尾たる妾と言えど、そう安々と他者の施した呪いを解く事など出来ぬのじゃ」
「……そういうもんですか」
 俺は不満げにそう返した。呪いに関する知識のない俺である。そう言われてしまっては受け入れる他ないわけだが、だからと言って報酬を支払った後に無理だと言われたことに対する納得とは成り得ないのだ。
 そんな俺のつれない態度を特に気にすることも無く、たまもは更に説明を続けた
「呪いというのは術式と呼ばれる妖力だったり霊力を特定の作用を齎すように組み上げられたプログラムの一種じゃ。組み上げるのも当然ながら力量を求められるのじゃが、一度組み上げられた術式をなかった事にするのはさらなる力量を求められるのじゃ。妖力、霊力は使い方によっては奇跡に等しい事象を起こすことも可能な力。術式とはそんな力が複雑に干渉しあい保たれておる状態じゃから、下手に弄ってそのバランスを崩しでもしたら何が起こるか分からん。つまり解除する場合は適切に処置せねば危険というわけよ。故に術式解除(それ)は組み上げる事よりも難しくなるのじゃ」
「積み上げられた積み木を倒壊させずに解体するのは積み上げる時より難しい、みたいな感じですか?」
「まあ、そんなところかのぉ。加えていうなら今回は見ず知らずの輩が組んだ術式じゃ。解除となれば、製作者の癖や性格も分からんノーヒント状態でプログラム構成を読み解くところから始めなけりゃならんわけじゃから、一層難易度が高いと言える。その意味では立体パズルを倒壊させずに解体すると言った方が正しいかも知れぬな」
 なるほど、確かにそれは大変そうだ。難儀な事なのは解った。とは言え、納得はいかない。なぜならそれは事前に解っていたはずの事だからだ。初めから無理だと解っていたのなら、たまもは何故ゆえ見返りを要求したのか。しかも前払いのような形で。出来ないと解っていながら報酬だけ支払わせようとするのは詐欺にも等しい行為である。そんな事をされて納得など出来ようはずがないからな蘇家興
 そうした不服の思いもあってか、俺は少しばかり意地悪く、「さしもの白面金毛九尾もお手上げってわけですね」と落胆の声を上げた。
 するとたまもが唐突にドスの利いた声で「あ゛ん゛だって?」と俺を睨みつけてきた。
 突然の変貌と背筋が凍るような迫力に俺は思わず身をそらしてしまう。
「勘違いするな! 確かにどうにも出来んとは言ったが、それはお主の余命が三日程という時間制限があるからじゃ! 別に解けぬとは言っとらんわ!」
 テーブル越しに身を乗り出したたまもが俺の鼻先に細い人差し指を向けながら、今にも突付かんとばかりに迫ってくる。流石は白面金毛九尾と言うべきか、可憐な少女姿とは思えぬ程その威圧は凄まじく、俺は即座に両手の平を向けて降伏のポーズをとるしかなかった。
 更にたまもはまくし立てる。
「よいか!? 妾程の妖になれば、そ5日も有れば余裕で解析から解除まで終わらせられるんじゃからな!! 解ったか!!!」
 どうやら、俺の軽はずみな言動が大妖怪としてのプライドに傷をつけてしまった様子である。俺は困惑と後悔の味を噛み締めながら力無く「はい」と答えた。
 ともあれ、そういった時間制限を設ける事で解除無効化を避けようとしている、と考えるならば、それは最早解けないと同義ではなかろうか。たまもの主張には些か疑問が湧く。
「阿呆! お主の余命が短いのは、呪いの所為と言うよりはお主自身の霊力(力)の強大さ故じゃ。だから、断じて妾がその呪いに対し遅れを取っているというわけではないのじゃ」
 俺はまたもや言動を誤ってしまったらしい。たまもから発せられる言い知れぬ重苦しい空気に気圧されそうになる。
 そんな折、躍起になるたまもの言葉でふと気になる箇所があったので、俺はそれを恐る恐る訊き返した。
「俺の霊力(力)の強大さ故?」



Posted by arvinliu at 16:12│Comments(0)
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